高窓の死角(森村誠一先生ごめんなさい)

忘れもしない、1993年7月、私はバンコク発プーケット行きの機上にいた。
・・・92年だったかもしれないが。

久しぶりの休暇である、タイはもう何度目になるか忘れてしまったが、南部に行くのは
これが初めてだ。
最初は列車で向かうつもりだったのだが、当初の予定より休暇が短くなりそうなので、
急きょ飛行機に変更したのだ。
会社から頼りにされるのも善し悪しである。

飛行機はそろそろ着陸態勢に入ったと見えて、高度がかなり低くなってきた。
窓から見えるインド洋はあくまで青く、私の来訪を心から歓迎しているかに見えた。

何やらアナウンスがあって、シートベルトのランプが点灯した。
そう言えば今回、1時間ほどのフライトにもかかわらず、いやにアナウンスが多かったようだが、
英語が母国語ほど堪能ではない私は軽く聞き流していた
もちろんタイ語は英語ほど堪能ではない

程なく、あの降下時の独特の感覚が襲ってきた。
ジェットコースターによく似た、何度経験しても慣れない感覚だ。
窓からプーケット空港が見えた。
一応国際空港のはずだが、上空から見るかぎり日本の地方空港とあまり変わらない。

地表がぐんぐんと近づき、ドン!というショックが襲ってきた。
どうやら無事着陸したらしい。
フラップが立ち、速度ががくんと落ちる。
速度が充分に落ちたと思われるころ、機長かパーサーとおぼしき男の声でアナウンスが流れた。
繰り返すが、私は英語が母国語ほど堪能ではない
また、タイ語は英語ほど堪能ではないのだ

アナウンスが終了した途端、それは起きた。
私を除くほとんどの乗客が立ち上がり、
ウォォォォォォーーー!!!!
という歓声と、割れんばかりの拍手でスタンディングオベイションが始まったのだ。

何だ?何なんだ?皆一体どうしてそんなに喜んでいるのだ。
何かあったのか?
なんで涙ぐんでいる人までいるんだ。
私にもわかるように誰か説明してくれ!
どうしたんだ一体ーーーー!

ただ一人訳が解らず狼狽える、私以外の人々の歓声は、飛行機が所定の場所に到着し
タラップが接続されるまで続いた。

そんなにもプーケットに来たのが嬉しいかと突っ込みたくなるほどに、異常に笑いさざめき
降りていく人々を尻目に、私の不安は今更ながらに大きくなっていく。
何時も以上に微笑んでいるように見えるスチュワーデスによほど何があったのか聞こうかと思った。

しかし、三度繰り返すが、私は英語が母国語ほど堪能ではない
タイ語もまた、英語ほど堪能ではないのだ
私は弱々しくほほ笑みを浮かべつつ、飛行機をあとにするしかなかった。

空港内で何か説明なりアナウンスなりがあるかと思ったのだが、それもなく、結局私には今もって
あの出来事は何だったのか解らない。

翌日プーケットの町で英語・タイ語の新聞を洗いざらい買って来て、隅から隅まで目を通してみた
のだが、それらしき記事はついに発見できなかった。
写真でもないかぎり何が書いてあるか解らなかったのだから仕方がないが。

日本に帰ったら、英会話学校に行こう。
あの時の決心はまだ叶えられていない。

--- 了 ---

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